2018年9月28日金曜日

ウナギの家系図ができる日


今村昌平監督の映画「うなぎ」は、心に沁みる名作である。

主人公はとある事情で服役後、仮出所中の男。ある町で
理髪店を営んでいるが、そこに謎の多い女が転がり込んで
くる。そしてまた男の過去を知る人物が現れて騒動に・・・
というもの。

シリアスな設定ながらユーモアも随所にちりばめられた
人間ドラマに、主人公が飼うウナギがオーバーラップする。

物語の終盤、飼っているウナギに主人公の男が語りかける
言葉は、ストーリーと現実のウナギの生態を見事に
描写している。

「俺もようやく、お前と同じになった。どこの誰だか
分らん男の子どもを育てるんだ。お前の母親も赤道の
海で卵を産んで、そこへ雄の精子がばらまかれ、妊娠した。
どの雄の子か分らない。分らないが、立派なウナギだ。
もの凄い犠牲を出しながら、日本の川に連れ返れ。」


とはいうものの、現実のウナギはこのまま「どこの誰だか
分からん」子どもを育てるに任せて良いのかと言う、
のっぴきならない事態になっているようだ。



2018年は年初からウナギの不漁のニュースが報じられた。
例えばこちら

記事によれば、なんとシラスウナギ(ウナギの稚魚)の
漁獲高が前期の1%程度だということだ。1%減ではない。
99%減、ほぼゼロだ。

尤も、うなぎの不漁はつい最近の話ではない。

ナショナルジオグラフィックの記事によれば、1970年
頃まで3000トンほどあった親ウナギの年間漁獲高は、
2010年には200トン程度まで減少している。
シラスウナギの漁獲高も似たような推移だ。


不漁の原因は乱獲・(気候変動に伴う)環境破壊など
様々な説がある。その中でも乱獲は、ウナギが安く気軽に
味わえるようになったことと深く関係していると
言われている。


将棋の藤井猛九段によると、最近はファミレスでも
ウナギが食べられるそうだ。

「こっちは鰻しか出さない鰻屋だからね。ファミレスの
鰻に負けるわけにはいかない。」

藤井九段は四間飛車(藤井システム)という戦法の
スペシャリストで、この戦法では負けるわけにいかないと
いう自負を、鰻屋に例えたのがこの名言である。

*ここだけ「鰻」を使っているのは藤井九段に敬意を
こめて、です。分からない方はお気になさらぬよう。



将棋ではなく、ウナギの話に戻す。

一昔前は、といっても正確な統計はこの際無視するが、
ウナギは専門店で食べるものだった。ところが、である。
最近はコンビニやスーパーで安価でウナギが販売される
ようになった。ファストフード店でも気軽に食べられる
ようになっている。藤井九段の名言の如くファミレスの
メニューに載っていても不思議は無い。

つまり、不漁に伴なってウナギ全体の消費量は減少して
いるものの、低価格化によってウナギは一般化
(コモディティ化?)したと言える。今やウナギは
専門店での消費のほうが少なくなったそうだ。

土用の丑が近づけば、スーパーには巨大なウナギコーナーが
出現する。コンビニにはウナギ弁当が並ぶ。そんな光景は
今や初夏の風物詩なのだ。



そんな中で年頭のシラスウナギ不漁のニュースである。

ああ、いよいよXデー(X年?)がきた。

今年の夏は日本からウナギが消えるのか。


正確に言えば、私はこの時点(2018年の年頭)では、
スーパーやコンビニやファミレスからウナギが消えると
思っていた。専門店では若干の、あるいは大幅な価格
上昇を伴いながら、ウナギが提供されるだろうと勝手に
予測していた。コモディティ品から以前のような
高級品への回帰。それも致し方ない、と。


初夏になってみると、近所のスーパーには例年通り
「ウナギ予約受付中!」との大きなPOPが掲示さた。
蒲焼も陳列ケースに普通に並んだ。価格が特段に
高騰したようには見えなかった。

私は深く溜息をついた。ウナギ業界は粘膜のように
ぬるぬるとして捉えどころの無い闇で覆われている
気がした。


ところで前掲の記事について、水産庁のデータを調べて
みたところ、興味深い数字が炙りだされた。

平成30年1月の前掲の記事によると、同時期までの
シラスウナギの漁獲量が前年比1%程度となっている。

前年比ということは前年のデータも調べる必要があるので、
そちらも調べてみたところ、以下の数字だった。
ソースはこちらこちら


平成29年漁期12月まで 計5.9トン
平成30年漁期12月まで 計0.2トン   *前年比約3.4%


新聞記事の1%という数字ではないものの、前年比3.4%は
極めて少ない数字であるといっていいだろう。差異の
原因は不明だが、この記事を執筆した記者が確認した
時点での数字と月ごとの数字が若干ずれているのは
特段に不自然ではない。

いずれにしても12月までの数字は前年比大幅減である。
これは、昨年は12月までに少し獲れたが今年は12月までに
ほとんど獲れていなかった、ということだろう。
本格的に漁獲が計上される時期が今年は少しずれたのだ。


次に年間漁獲高である。

平成29年漁期 計19.6トン
平成30年漁期 計14.2トン  *前年比約72%

平成30年漁期のデータは7月までのデータである。
平成30年漁期は10月までなので、従って14.2トンはまだ
暫定値だ。しかし、シラスウナギはどうやら6月以降は
ほとんど獲れないようなので、ほぼ確定値と見做す
ことができる。


改めて前掲の記事の見出しを確認してみる。

「うなぎ稚魚 空前の不漁 鹿児島は前期の1% 
宮崎も2%」


マスコミの見出しは時に不思議と危機を増幅するようだ。
1次データを当たってみることの重要性を痛感した。



私は前年比72%という数字に安堵しているわけではない。
危機感の度合いが多少は緩和されたにすぎない。
長期的なデータ見れば、ウナギの未来が必ずしも安泰では
無いことは論を俟たない。


ヨーロッパウナギは2007年にワシントン条約の付属書に
掲載され、2009年から取り引きに規制がかかっている。
二ホンウナギを含む他のウナギも同様に規制される可能性
は高いだろう。

そんな状況にありながら、ウナギをめぐるわが国での
規制・トレーサビリティは形骸化しているといってよい。
前掲のナショナルジオグラフィックの記事を含め、少し
検索しただけでも以下のような問題点があることがわかる。


●乱獲・密漁
●産地偽装 
●池入れ量上限設定の意味
●小売店での廃棄


ウナギにかかわるものは、私のような一般消費者も含め、
長年にわたって問題を先送りしてきたことを認識する
べきだろう。

・消費者のニーズに応えて
・安く、便利に
・ウナギを提供する/食べたい

このような市場原理に従うだけではウナギは滅ぶ。
のみならずウナギの食文化も。そのツケは間違いなく次の
世代が払わされる。


今はまだファミレスでもウナギが食べられるかもしれない。
だが私は早急にウナギのトレーサビリティの厳格化を
図るべきだと考える。間違いなくコストに跳ね返るだろう。
コンビニやファミレスからは姿を消すかもしれない。


だが「この誰だか分らん男の子どもを」輸入した業者も
不明なまま流通させている現状では立ち行かない。
家系図を作るとなると完全養殖が実現できなければ不可能
だが、それでもせめてトレーサビリティの厳格化を図る
べきだ。間違いなくコストに跳ね返る。コンビニや
ファミレスからは姿を消すかもしれない。


無策の末に自然回復するか、絶滅か。

はたまた厳格な規制対象にするか。



厳格な規制対象になれば、現在のウナギ流通過程における
事業者は死活問題だろう。だから現在のウナギ事業者は
誰も諸手を挙げて規制を歓迎しない。


誰が腹を切るのか。いやウナギは地域によっては背を
開くのか。


いずれにしても、ウナギの未来はヌルヌルとして見通しは
明るくなさそうだ。



「ファミレスの鰻に負けるわけにはいかない。」
「藤井先生、今はもうファミレスでは鰻は食べられ
ませんよ。」
「えっ、そうなの・・・?古い人間なんで、すみません。」


そんな時代が来るかもしれない。





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